2017年11月22日水曜日

教師が信用できない

麻原の四女さんが記者会見を行って、次女さんがツイッターに書き込みして、2人とは全く面識とかないが私はどうも調子が悪い。久しぶりに過呼吸になった。父親が麻原と同年、娘たちとは同年代だからだろうか、どうも彼女たちの動向に左右されてしまう。

それにしても次女さんは絵も文章も上手だな、才女だな…
次女さんのブログ読んだ後に文章書くの恥ずかしくなるな…

私はいま、仕事も趣味もものすごく楽しい。だんなもすごく優しい。でも、なんかこう、なにかのきっかけで簡単に闇落ちしてしまうことがある。
今回はこんなことを思い出して考えた。

私は生まれてこのかた、教師に恵まれたことがない。
小学生の時に学外クラブで合唱をやっていた。父の知り合いの女教師が主催していた。
今より低血圧で、毎朝親に隠れて朝食を吐いてた私には、貴重な朝寝できる土日が潰れてしまう合唱クラブはとても嫌だった。だが父の知り合い的な、なんかやらなきゃいかん雰囲気的なやつで入部した。
そしたら女教師はものすごい、今で言うパワハラ教師だった。少し気に入らないことがあればヒステリックにキーキー怒る。一度、リハ中に同級生が酸欠で倒れたことがあったが、そいつを横にどけろといってリハを続けた。そう言う環境だったのでそれが普通なのかと思っていた。

でもなんだか心と体が辛い、やめたい、親に言うと、なぜ始めたことを止めるのだと叱責され、合唱でどういうことがあるのかとか、詳細な話を聞いてもらえない。クラブの人たちはパリピっぽくて休憩時間に全然わかんないナウでヤングな話をしていてついていけない。
中学に上がる時に、勉強を理由にやっとやめた。

こんな感じで、私は全く教師運がない。
他にも給食の時一言も喋らせないとか、教科書の角で頭をたたくとか、そんな教師にしか合わなかった。

考えてみれば、大学を卒業したごときでこれから社会にでる人に何か教えれるのかと思う。お前ら教師の世界にいるだけで他の会社とかなんもしらねーじゃん、えらそーな顔してんなと思う。

そんな感じで、私は今も全く教師という人を信じることができない。

子供の頃信用出来なかった大人みたいにはなるまいとも思う。

本日は以上です。

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